カンムリワシの孫弟子志願だワラビー
カンムリワシの孫弟子志願だワラビー
7月24日午後9時前、タイムスビル11階編集局。翌日朝刊に掲載される記事出稿への緊張感が高まる中、われらがワラビーは―
ーそわそわしていた。
それは「強力な何か」がこのフロアに近づいてくる予感。静電気が起こったように、ふかふかの毛がざわざわする。「つよい動ぶつが、やってきます…」。
一般的なワラビーはそもそもカンガルー科に属する。カンガルーのオスはメスをめぐり、ボクシングで勝敗を決する習性を持つ。沖縄タイムスのワラビーはたぶん何かいろいろあって現在の愛らしい姿になったのだろうが、その体内には「ボクサー」の遺伝子を潜ませているのだ。
「ワラビーの中の血がさわぐかんじがします」
わけの分からぬ衝動に駆られながら、こぶしを繰り出すワラビー。
「このうごき、村井せんぱいにおそわってもいないのに、なぜかしっている…」
やがて、1人の男が11階編集局に入ってきた。「こんばんは。みなさんおつかれさまです!」
東洋太平洋一の強さとジミーのお土産をあわせ持つ男
プロボクシング東洋太平洋フライ級王者 江藤 光喜 選手
「つよい動ぶつは、きみですか…」 その子は江藤選手のめい、紗菜ちゃん(4)だワラビー。
「ワラビーかわいい」
ふるさとの本部町でしばしの休息を楽しんでいた江藤選手はこの日、沖縄タイムスにチャンピオンベルト獲得を報告しに来てくれたのである。運動部長の崎濱秀也(写真右端)、タイのプロモーター的な同部主任の花城克俊らとしばし、ボクシング談義に花が咲く。
「前からアウトボクシングを練習しようと思ってたんだけど」
「でも、ガンガン行きたいでしょう」同郷の崎濱が気安く続く。
「そう。好きだったんで」。江藤選手は今年6月の王座決定戦で2度のダウンを奪われるなど、苦戦したことを振り返り、「でも、自分の体をばかにしすぎていたかもしれません」。
そばで静かに話を聞きながら、ワラビーは体の中にくすぶる熱を感じる。それは久しぶりに、いや初めて意識した「野生の本能」。思わず口をつく。「江藤せんしゅ、ワラビーもボクシングしたい」
江藤選手は笑顔を崩さず、こともなげに言った。「じゃあワラビー、スパーしてみる?」
…無謀にも、東洋太平洋王者(白井・具志堅スポーツ所属)に挑んだワラビー(カンガルー科所属)。1人と1匹は、こぶしで何を語り合うのだろうか。
「ワラビー、あごを引いて…あご、あるのか無いのか分かんないな…まっすぐジャブを打つ。腕を伸ばして、すぐ戻す」
「ハイ!」
「打つパンチをいちいち言わなくていい!」
ふかふかの手なので、パンチングミットの小気味いい音は、特に響いてこない。
「よしワラビー!打つ前にまずシャドーを入れて、それからワンツーだ」
「ハイ!」
「シャドーです!」
「言わなくていい!」
「ワンツーです!」ワラビーは精一杯こぶしを突き出す。
「言わなくていいし、全然ミットに当たってないけど、もうなんか、逆にすがすがしい!」
…何かすいません江藤選手。
「楽しくなってきたね」東洋太平洋王者から笑顔がこぼれる。 「今度は俺が打とうかな」
「のぞむところです!」大丈夫かワラビー。
1人と1匹が向き合う。江藤選手が両こぶしを構えた瞬間だった。
「ガンッ」
一閃。まばたきよりも速いアッパーが、ガードの隙間から、ワラビーのあごを的確にとらえた。
スローモーションのように、ワラビーはゆっくりと崩れ落ちた。
「ゆーあーきんぐおぶきんぐす…」混乱してアリス化するワラビー。
スパーリングはそこでお開きに。1人と1匹はお互いのファイトをたたえ合った。
「ワラビーには、世界を感じたよ」
「江藤せんしゅにもかんじました!」お前が言うなワラビー。
人とワラビー、種族間のナイスファイト。江藤選手はなんと、血と汗と涙の末に勝ち取ったチャンピオンベルトをワラビーに巻こうとしてくれる。「記念だよ、ワラビー」
ワラビーは感動する。「だいじな時かんをいっぱい練しゅうして、とったベルトなのに…」
江藤「あれ?」
江藤「これは…」
…巻けなかった。
「まあこれはこれでいいよな、ワラビー」
最後に江藤選手は、編集局員の前で宣言。「みなさんの期待に負けないくらい頑張って、世界を獲ります!」 局内から、激励の大きな拍手がわいた。
沖縄での世界タイトル戦奪取の夢に向け、王者は再び戦いの世界へ戻ることに。
ワラビー「ハイ!がんばって江藤せんしゅ!」
小さなワラビーも強くなりたい。あらためて胸に誓うカンガルー科なのであった。
~江藤選手、こんなワラビーにお付き合いありがとうございました!世界タイトル、心待ちにしています!~
沖縄タイムス&ワラビーブログスタッフ一同