時空(とき)を超え響く歌もあるんだワラビー
ワラビーともだち名鑑 RIRI(高良莉李子) 編
10年。「ひと昔」とも形容されるこの年月を振り返るのは、例えばおとといの夜に食べたものがぱっと思い出せないような大人にとっては、なかなか骨が折れる作業なのかもしれない。10年前、あなたはどこでどうしていただろうか。何を大事に、誰を想い、どんなことにエネルギーを費やしていただろうか。
そんな10年という年月を簡単に飛び越えて、あの頃の私と現在の私をたやすくつないでくれる存在がある。
それは、歌だ。
-2018年1月某日。南風原町のスポーツクラブ、エヌビー沖縄。
体を引き締める最新のトレーニングマシーンが並ぶジムの一角で、沖縄タイムスのマスコットキャラクター、久茂地の有袋類・ワラビーがゆるみ切った顔とボディーをあらわにしていた。
「ここにお茶のボトルを、ポイしておきます!ポーイ、お茶です!」 怒られるぞ。
さらにバランスボールまで持ってきた。「そしてこのバランスボールを…」
「おいワラビー、取材そっちのけで何やってんだ」
「あっ、独しんのカズ・ミヤギせんぱい!」
「独身をまくら言葉のように言うなよ」
フィギュアで言えば男子シングル、男女交際はショートプログラム
沖縄タイムスの子ども新聞「ワラビー」担当記者 宮城一彰(カズ・ミヤギ)

「カズ・ミヤギは平昌五輪を応援しています」
「何って、ワラビーが考えたスポーツ、バランスボーリングだよ!ちなみにこの大会は、ワラビーカップ、春ばしょです!」
「角界かよ。ていうかこんなことをやっている暇はないんだ。レッスンの合間をぬっての取材対応をお願いしているからな。ほら行くぞ」
「え、1回でおわるから!おねがいカズ・ミヤギせんぱい!」
「うーん、しょうがないな。1回だけだぞ」 何だかんだ、子どもに甘い宮城なのだ。
静かに投球動作に入ったワラビー。「集中力が必ようです!りつ子、ワラビーに力をかして!」
「りつ子って誰だよ」
そして、有袋類の手から通路上にまっすぐ放たれたバランスボール。回転がかかっていたためペットボトルに向かわず…それていった。「ダメでした!」
「よし、終わり。行くぞ」
「…えー!カズ・ミヤギせんぱい、もう一番!もう一番!」
「だから角界かよ。ほら行くぞ!」
「分かりました…」
エヌビー沖縄の2階奥にある鏡張りのフィットネススタジオ。広い空間の中には、黙々とストレッチに励む一人の女性がいた。
そこにやって来たワラビーと宮城。
「こんにちは、ワラビーだよ!」
「お邪魔します。沖縄タイムスの宮城です。恐縮でーす」
声に気付いた女性が振り返る。その表情が一気にほころんだ。「ワラビー!!」
「…ハッ!おねえさんから、とてもなつかしくて、あたたかいにおいがします!えっとえっと…」しばし考える有袋類。「わかりました!でもその前に…体がやわらかい!」
「今そこどうでもいいな!」あきれる宮城。
「もーワラビー、相変わらずゆるゆるだねー。本当に覚えてる?」
「おねえさんは、ワラビーのずっとずっと、もうずっと前のお友だち、りりこちゃんによく似ている…。りりこちゃんのお母さんか、おねえさんか、母かたの親せきにちがいない…」 父方はどうした。
「何言ってるのワラビー。私が莉李子。24歳。大人になったんだよ」
「…えー!大人になったりりこちゃんですか!」驚く有袋類。「成人おめでだよ!久しぶりです!ワラビーは会えてうれしいよ!」
「私もうれしい!ワラビー久しぶり!」
ほぼ10年ぶりの再会。一匹と一人は固くハグした。
さて、みなさんは10年前の2007年7月に世に出た、夢を追いかける子どもたちの応援ソング「ワ・ワ・ワ・ワラビー」をご存じだろうか。

2007年7月16日 沖縄タイムス朝刊社会面
作詞は当時読谷村在住の小学5年生の石嶺秀真さん、作曲は県内のサウンドプロデューサーの新垣雄さんがそれぞれ務め、軽快なリズムと「ワ・ワ・ワ・ワラビー」で始まるキャッチーな歌詞で、思わず口ずさんでしまう元気なナンバーなのだ。
この曲のボーカルとして、県内の沖縄タイムス関連イベントをキャラバンして伸びやかな歌声と切れのあるダンスを披露していたのが、当時13歳、中学2年生のRIRI(高良莉李子)さんだったのだ。
上の動画からは当時のRIRIさんと石嶺さんの姿も確認できる。
子ども新聞「ワラビー」が7月に20周年を迎えるのをきっかけに、宮城ら「ワラビー取材班」が立ち上げたカウントダウン企画「ワラビーともだち名鑑」は、節目に向け、かつて紙面に登場した著名人や、ワラビーに関係のある人を訪ねるというもの。
やびくかりんさんに次ぐ第2回として、ワラビーとゆかりが深いRIRIさんに白羽の矢が立ったのである。
「ワラビー」が生んだ踊れる「うたのおねえさん」
ダンサー&ダンスインストラクター RIRI(高良莉李子)

タイムス社員感涙のツーショット
「りりこちゃんは何のお仕ごとをしているの?」
「今はフリーのダンサー兼ダンスインストラクターをしているよ!県内のいろんなスポーツクラブでダンス教室を開いて、子どもたちにダンスの楽しさを教えているの」
「ダンスの先生?すごいです!」感心する有袋類。
そして、宮城によるRIRIさんのインタビューが始まった。
「『ワ・ワ・ワ・ワラビー』はどういうきっかけで歌うことになったんですか」
「私、最初は女優になりたかったんです。中学1年の時から映画のオーディションに応募してたんですよ。でもタレントスクールで歌と演技とダンスを習ううち、歌に熱中して、歌手を目指すようになった。その時のボーカルの先生(作曲した新垣雄氏)に『歌ってみないか?』と声を掛けられました。うれしくって、『ぜひやらせて下さい!』って即答しました」
「即答で」
「はい!やる気のみでした!6分近くあるので、歌って踊ると結構疲れるんですよ。走ったり筋トレしたりでしっかり筋肉もつけてましたね。それから1年くらいかな…いろんなところに出させてもらって…楽しかったです!」
「歌は楽しいんですね。緊張しないのかな」
「自分を表現できるし、先生はほめて伸ばしてくれたし、人前に出ることも好きだったので。中学の頃、友だちに『ワラビー歌って』と言われて歌っていましたよ。でも周りもちやほやもせず、普通に接してくれてたので、天狗にはならなかったと思います」 にっこり笑うRIRIさん。
「ワラビーを初めて見た時の感想は」
「うーん、『でかい』?ただただ『でかいな』と思いました」 高層ビルや重機のような感想を持たれる有袋類。
「ダンスはいつから本格的に始めたんですか」
「高校のころからバイトしながらスタジオに通ってました。ダンスで食べていきたくて、たくさん勉強して、インストラクターになって4年目です」
「きょうも4歳から12歳まで17人のクラスですよね。教えるのは大変じゃないですか」
「大変ですよ!でも楽しいです!ダンスには『間違い』ってないんです。音楽を聴いて、体を思った通り、自然に動かせばいい。楽しい時には動きも大きくなったりね。レッスンでも4歳には簡単な動きを教えるし、高学年の子にはよりカッコよく見える角度なんかを教えたりします」
「カズ・ミヤギもダンスは苦手で、チークダンスくらいしか踊れないんですけど。シャルウィーダンス?…なんちゃって」 カズ・ミヤギお前。
宮城の発言の後半を無視して、少し考えこんだRIRIさん。「でも、できる、できないは問わずに楽しんでほしい。『できなくても楽しい』という気持ちを大切にしてあげたい」
宮城が問う。「今、夢に向かって頑張っている子にメッセージをもらえますか」
「夢がある子は具体的な計画を立てること。ない子は今やっている部活や習い事を一生懸命やってほしい。全力でやればいつか夢は出てくると思うんですよ」
「24歳のRIRIさんの夢を聞いてもいいですか」
「ハイ!私は将来、今育てている生徒と舞台で歌ったり踊ったりしたい。いろんな舞台に出して、表現する楽しさや喜びを感じてほしいですね」
10年前と変わらない、はじける笑顔がチャーミングなRIRIさん。タイムス社員的には「すっかり大人になって…」との感慨もひとしおだ。
ここで取材は終了。すると、ダンスレッスンの子がどっとスタジオ内に入って来た。
「あっ、こどもたちです!ワラビーだよ!」
「先生こんにちは!」「ワラビーがいる!」「先生何でワラビーいるの?」
レッスン生に囲まれながらRIRIさんが答えた。「先生むかし、ワラビーと歌って踊っていたんだよ。ほら、このCDの女の子が先生だよ」宮城が持参した「ワ・ワ・ワ・ワラビー」のCDを示すRIRIさん。
「すごーい!」子どもたちから歓声が上がった。矢継ぎ早に他愛ない質問も飛んだ。
「先生この時何歳?」「先生、芸能界デビューしていたの!?」「先生のこの衣装、レンタルしてるの?」「先生、シャルウィーダンス?」 カズ・ミヤギまぎれてるな。
「さあ、そろそろレッスン始めるよ!じゃあみんな!今日はワラビーも来ているので、特別に『ワ・ワ・ワ・ワラビー』を踊ろっか」
「踊ったことない!」
「大丈夫、今からフリを教えるね。まずは頭の上で大きく手を振るよ!♪ワ、♪ワ、♪ワ、♪ワラビー、イチ、ニ、サン、シ…」
「カズ・ミヤギせんぱい!りりこちゃんは、ワワワワ…」
「どうしたワラビー。安田大サーカスの一員みたくなったぞ」
「りりこちゃんは、大人になっても、『ワ・ワ・ワ・ワラビー』をおどれます!10年まえに歌った歌を、おどれるよ!」
「それがどうしたんだ」
「ワラビーが、ごはんを食べるためにだいじな、おはしの使いかたを忘れないように、りりこちゃんが大きくなって、それまでにいろんなことがあっても忘れなかった、だいじな歌にちがいない…」
「そうだな」 宮城もうなずく。
「うすい反のう…10年まえもおじさんだったカズ・ミヤギせんぱいには分かりません!」 ぷんすかする有袋類。
「ひでえな」
「はい、次は右手を上げてジャンプ!ジャンプ!」 子どもたちに振り付けを入れていくRIRIさん。
「両手を上げて…手のひらをひらひらさせながら落としまーす!」
時にグループ別に指導しながら。「じょうずじょうず!」
子どもたちを仕上げていく。
「よし、じゃあ本番行くね」 CDをステレオ機器にセットした。
軽快なイントロが流れ出した。
♪ワ・ワ・ワ・ワラビー 歌ってワラビー♪
♪空を飛び 時空(とき)を超えて 響くよ♪ もちろんワラビーもダンスに参加。
♪い・つ・もワラビー 君と一緒さ♪
♪輝く明日へ 飛び立とうワラビー♪
―かつてワラビーのそばにいた少女はすっかり「先生」に。
勘のいい子どもたちはしっかり振りが体に入っていて。
歌は「ひと昔」を軽々と超え、次の世代へ受け継がれた。
沖縄タイムスにとって、ワラビーにとって、幸せな光景がそこにはあった。
「やっぱり『ワ・ワ・ワ・ワラビー』は、かみ(神)曲にちがいない…!」にわかに興奮した有袋類。「もう一回おどります!」
勝手にステレオ機器のところに行き、再生ボタンを押した。
再び流れ出す「ワ・ワ・ワ・ワラビー」。
♪ワ・ワ・ワ・ワラビー 歌ってワラビー♪
「もう一回踊るの?」「ハードだよねこの曲!」
それでも踊りだす子どもたち。
ここでRIRIさんの言葉を繰り返そう。
「6分近くあるので、歌って踊ると結構疲れるんですよ」。
「たのしいです!」 「ワラビーズ・ハイ」に陥りだした有袋類。
そして2回目が終わったと思いきや、みたびスピーカーから流れ出すイントロ。
「もう一回おどります!」 いつの間にかステレオ機器前に陣取っていた有袋類。
♪ワ・ワ・ワ・ワラビー 歌ってワラビー♪
「ワラビー、もういいよ!」子どもたちから悲痛な声が上がった。「もう動けない!」
「たのしい!たのしいです!」
―そして15分後。
「うーん」「もう動けない」 ぐったりと横たわる子どもたち。
「ワラビー…やめて…歌わないで」 地獄絵図か。
「…ハッ!みんなどうしたの!?」
「ちょっとワラビー…」
「爆心地」にたたずむワラビーとRIRIさん。
「とりあえず、『ワ・ワ・ワ・ワラビー』をかければ元気になります!」 悪魔か。
「ワラビー、ストップ!」RIRIさんが有袋類を止めた。
「りりこちゃん、ゆめがある子を元気づける、ワラビーソングです!」
「物事には限度ってあるのワラビー!」
「ワラビーはりりこちゃんと子どもたちとおどるのが、たのしいのに…」
RIRIさんはワラビーとしっかり向き合った。
「寝る子は育つ、って言うでしょうワラビー」
「ハイ、ワラビーのしごとも『たべる、ねる、あそぶ』…」 出たな『ダメるるぶ』。
「成長するにはお休みも必要なの。あんまり急いで頑張ったら心と体が疲れちゃう。大事な生徒に無理はさせられない。分かるよねワラビー」
「わかります!ごめんりりこちゃん、とてもりっぱな『先生』です!」
「ありがとうワラビー。でも私もすごく楽しかったよ。はい、握手」
RIRIさんはワラビーの手を取り、一匹と一人はしっかり握手を交わした。
「ワラビーは決めたよ!いつかワラビーまつりで、りりこちゃんと、子どもたちと、『ワ・ワ・ワ・ワラビー』を、おどります!」
「ワラビー本当!?そうなったら私もみんなも、うれしいよ!」ひとみを輝かせるRIRIさん。
「ハイ、その時は、みんなでつくる『最こうの一回』を目ざします!」
「そうだね。エンターテインメントの世界では、みんなそこを目ざしてやってるの。ほんとにいつか一緒に、ワラビーまつりで踊りたいね。かなうといいねワラビー!」
「…ハイ!」 大きくうなずく有袋類。

ワラビー、だいすき!!
誰しも成長していく中で、独り、成長しないままのワラビー。
でも、子どもも、いつか子どもだった大人にとっても「変わらない存在」はひょっとして世代をつないでくれるのかも。そんなことを思ったワラビーブログスタッフだった―。
~おまけ1 その頃のカズ・ミヤギ~
「ワラビーのやつ、絶対ここからバランスボール取っただろ…」
「今回はこのカズ・ミヤギが戻しておくが、次回からは口すっぱく言ってやろう」
~おまけ2 10年の変化~
「ワラビー、ずっと気になってたんだけど…」
「何ですか、りりこちゃん…」
「顔、変わっ…?」
「かわってないよ!」
「食い気味に言っちゃった!」